あぁ、徒然なるままに

私の趣味や日々の出来事についてを、自分の独断と偏見による、やや倒錯した文章で徒然なるままに書き記すブログです。

くどいようですが、国際芸術祭

私もいい加減しつこいですが、大丈夫でしょうか、札幌国際芸術祭。

何でも、狂言師野村萬斎氏も招いて、モエレ沼公園で何かさせるんだそうで。
坂本龍一氏が呼集したようですが・・・「スコラ」の繋がりでしょうかね。


・・・しかしまぁ、ハードルを高くしてどうするんでしょう。


思うのですが、初っ端から(多分)芸術性が高い(と思われる)アートを一斉に持って来たって、
観る人がついて行けないんじゃないですか?


良く考えてみてください。

音楽や写真が、アートと言われながらも、ここまで世の中に浸透しているのは何故か。

結論から言えば、「取っ付き易い」からです。
一見して解り易いんですよ。

もちろん音楽も写真だって、難しいジャンルはありますよ。
ロックやポップスに比べて、クラシックやアンビエントとか。
写真だって全てがピーリッツァ賞作品な訳ではありませんし、
綺麗な風景写真に胸打たれることもあるでしょう。

しかし。

一つの道を突き詰めていけば、徐々に、且つ必然的に「アート」の領域に入って行きますが、
いきなり最上級ではなく、先ずは何事も「取っ掛かり」が大事だと思います。
「好きこそものの上手なれ」です。


それを今回の芸術祭では、取っ掛かりもなくいきなり「アートでござい」とぶち上げて、
「これだけすごいアーティストが来るのです」なんてPRをしたって、
どれだけすごいのかが全く解りません。

世の中の人々全てが、必ずしも「アート」の世界の住人とは限らないんですよ。


回を重ねているのならともかく。
繰り返しますが、「解り易く」「取っ付き易い」作品達から、観る側を徐々に
少し上のアートにシフトさせて行くような試みをしなければ、ハッキリ言って
誰もついて来ないと思います。


ここに来て切羽詰まって、集客を考えずに、企画だけ乱発したってダメでしょう。
絵画で言えば、ピカソの「ゲルニカ」や、ダリの「記憶の固執」を持って来るようなものです。
キュビズムシュルレアリスムを、初見で理解出来る人なんているでしょうか?
観る側を置き去りにして、企画だけが遠く地平線の彼方へ飛び立ってしまっています。


前の記事にも書きましたが、何を持ってして「アート」なのか。
その定義すら曖昧なのに、市長独りよがりの「アート乱発」。
例え作品が素晴らしいものであっても、観る人全員が全員、素晴らしいと思うかはまた別の話。
造る人、観る人それぞれにアートの心があったとしても、必ずしも共通項ではないのです。

基本中の基本ですが、「良く解らないものに金は払えない」。
市民の基本は恐らくコレでしょう。
チケットが売れない訳です。


アートと思われるものには何にでも手を広げ過ぎたのが、今回の敗因では無いでしょうか。
まだ始まってもいませんが。(笑)
ジャンルを絞って、その中から熟成させ、そこから他のジャンルへとリンクさせる・・・
手間と時間はかかりますが、それが一番の普及の近道ではないでしょうか。
まずは興味を持って貰う事。
先の記事のポスターのように、その興味が全く湧かないPRの仕方では、もうアウトです。
ごく一部の「コア」な人達しか対象にしない芸術祭で終わってしまうでしょう。

開催が、別の意味で楽しみです。(ちょっと意地悪♪)

イメージ 1

ちょっと「アート」っぽく。(笑)



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